かあさん ちょいちょい がん患者

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

「あおり運転」暴行事件からみる 「声」はその人の「心」を表すと思うお話

九州北部水害で被害に遭われた方々へ

我が家も昨年の西日本豪雨災害で、浸水の被害に遭いました。水に浸かった道路や田んぼは、水が引いてもその後処理が大変です。

どうぞ体調に気をつけて、ご無事を祈っています。

 

前回の記事におきましては‥

私が初めて「私の声」を添付させて頂いた前回の記事ですが、24時間テレビの話題と相まって、とても多くのアクセスが有りました。

 

私はウソ偽りなく、田んぼに囲まれたカープ県の大田舎オバハンであります。その私が持論を展開し、私の障害についてを語ったブログにも関わらず、沢山の方が理解を深めた優しいコメントを送って下さるなんて、今の時代にしか出来ない幸運だと感じます。

 

皆様に改めて感謝をお伝えします。

今回も前回に続いて、声と人の心について、私の声を聞いて頂きながら記そうと思います。

 

「あおり運転」暴行事件 加害者の男性と女性

先月から今月にかけて、テレビで放送されない日が無かったほど話題になった、常磐自動車道で起きた「あおり運転」暴行事件について。

被害者のドライブレコーダーに録画された、高速道路を横止めで塞ぎ、白い高級車から飛び出して鬼の形相で恫喝する加害男性と、被害者の車両をガラケイで録画する加害女性の映像。

その姿を見る度に、被害者の恐怖と戦慄を思う。そして恐らく日本中のまともな人々は、憤りと共に、心底呆れかえったと思う。

 

しかし皆さん、お気付きだろうか?

あのレコーダーには、加害男性や女性の「声」が録音されていない。その表情やスピード、被害者を殴る映像から、恐らく彼が大声で威嚇の為の乱暴な言葉を叫んでいるに違いないと、その声色を想像するしかない。

 

そしてその数日後、これまた日本中に報道された逮捕劇により、初めて加害者の声を知る事となる。

 

逮捕される場においても独自で身勝手な主張を叫び、警察官を含めた周りの人間を自らのペースに巻き込みたい、加害男性の「人となり」が明白になる場面だ。

加害男性に呼ばれた加害女性も加担し、自己のあおり行動を否定するどころか、自らが被害者であるという自己主張を声高らかに訴え、メディアや警察を非難する。

 

あの「声」、正しく「彼ら」ではなかったか?

名は体を表すと同様に、「声」はその人の「心」を表すと、私はそう感じるのだ。

彼らのあの声の、「大きさ」「太さ」「響き」から「抑揚」に至るまで、正しく彼らの様な種類の人間性を感じ取れて、私は胸糞が悪くなった。

 

感情の膨張

彼らの逮捕劇を、もう少し具体的にしてみる。

どの様に始まったか詳しくは分からないが、恐らく最初は控えめであったはず。何せ二人とも、逃亡中だったのだから。

しかしマスコミや警察官が集まり始めると、徐々に男性の自己主張を叫ぶ「声」が大きさを増し、激しい抑揚を帯びた怒鳴り声に進行していく。そして報道の通り、周囲に響き渡る怒号が飛び交う流れになった過程は、想像に易い。

しかもそこに加害女性が加わったモノだから、女性特有のヒステリックな非難の声が轟くと、警察官も加害男性を掴んで警察車両に引きずり込まなくてはならなくなる。

 

これが典型的な「感情の膨張」だ。

 

例えば一般家庭でも、些細な理由で親子の小さな喧嘩が始まる。どちらかが理解や和解を示さない限り、無視したり口答えをしたりして、いつしか売り買い言葉の言い争いになる。

その声は徐々に大きくなり、声色は太く低く、またはキィキィとヒステリックにがなり立てる。

そして最悪は、親が子を引っ叩く。又は成長した子供が、親をぶん殴る。

 

つまり徐々に高まっていく「声」によって感情がヒートアップし、抑止能力が停止して感情の爆発が起きるのだ。

そういう経験は、誰にでもあるだろう。

 

私の声と、娘と私

では「声」が「心」を表すと、少し私の声を聞いてもらいたい。

 

以下は私が大好きなシーンを省略した「アフレコ」である。声優は「かこ」が二役、効果音や音楽、監督は「娘」である。

千と千尋神隠し」より、千尋が初めて釜爺さんに会うシーンだ。

 

音量にお気を付けて聞いて下さい。

 

 

どうだろう?オバハンの茶番と言えば、その通り(笑笑)

 

これを聞いた方の中で、初めて「人工喉頭器」の音声を知った方がいらっしゃったら、余りに器械的な音声に、不思議なイメージを持たれたのではないだろうか?

話題性やファン収集だけを目的に、声優経験もない様なアイドルに吹き替えを依頼し、ヘタクソな演技で大失敗をした洋画やアニメの様なイメージか?

もしかしたら実際に声優をされた、菅原文太さんや柊瑠美さんの完璧な演技力を、改めて思い出されたかも知れない。

中には「作品を愚弄するな」とお叱りが届いたら、心から謝罪したい。

 

しかし私や娘の人柄を、ブログや漫画でご存じの方が聞いて下さったら、私達親子が大いに楽しみながら、DVDを図書館から借りてきてセリフを書き写し、私に演技指導をするやんちゃな娘や、NGの連発で大爆笑する二人の姿を思い浮かべて、微笑ましく感じては下さらぬか。

 

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それは人工喉頭器の抑揚のない器械音の中に、私や娘の「人となり」を感じて下さり、そのイメージを声色に載せて下さったからだ。

 

しかし娘と私の温かい関係をご存じない人からすれば、録音の会話はただの「器械音」であるから、アフレコは大失敗。宮崎駿監督に申し訳ないだけだ。

 

道行く人が私の声を聞いて驚き、興味本意に振り返る意味はそこにある。

知らない人が聞いたなら、この音声は未知との遭遇であり、人間の発声とは感じてもらえない。残念な事に人工喉頭器の器械音には、「心」が感じられない棒読みだからだ。

 

※決して人工喉頭器の音声が劣っているという意味ではないと、どうぞご理解ください。人工喉頭器は正しく文明の利器で、私の生活の一部であり、これが私の声ですから、とても大切に考えています※

 

感情の誇張がない

しかし実は、悪い事ばかりではない。

例えば、以下の文章を読んで欲しい。

「ちょっと!いつまでゲームをしているの?
学校から帰ってきてから ず~っとゲームばっかりじゃない!
早くランドセルを片付けて
2階に行って 宿題をしなさい!」

 

よくあるシーンだ。母親が子供に怒る、典型例だろうか?

ではこのセリフで、私が怒鳴る。

 

 

あらまぁ、迫力が無い‥と感じなかっただろうか?

 

では、最高潮に怒ってみる。

意味は上記と同じだが、世界に通用するカープ弁である。

「おっどりょあぁ~! いつまでゲームしよるんなら?
学校から帰って来よってから、ず~っとゲームばぁしょぅるじゃろうがぁ!
早よう ランドセル片付けて
2階行って 宿題をせぇやぁ!」

 

 

男性の声色に替え、やくざカープ弁を屈指しても、この程度なのだ。

たとえ私が鼻血を出すほど、脳の血管が切れそうなほど怒っていても、この声なら小学校高学年の息子など(息子だったんか~い!)聞き慣れて屁でもなかろう。

 

つまり私の声は、怒れないのだ。怒る時の声ではない。

 

そうなると人間は、怒り続ける気力が無くなると経験した。

耳から入ってくる自分の声が、自分の思った様な声でなかった場合、人の感情は途切れてしまう。

実際に声を失ってからの私は、大きな怒りを余り言葉にして表現していない。怒鳴ったり威嚇をする様な表現をする前に、その強い感情は、人工喉頭器の声によって冷静さに向かい、私の「人となり」を穏やかに導いてくれるのだ。

 

激しく怒らない人生は、とても楽だ。

 

強い(又は弱い)感情は「声」でコントロールできる

今もし読者の中で感情の起伏が抑えられなかったり、喜怒哀楽の感情が激しい、または殆ど失われる程に気力が萎えてしまった様な、感情のコントロールに苦労している人がいらっしゃたら、考えてみて欲しい。

 

何も私の様に、極端でなくて良い。

怒りを感じた時の声を、ほんの少し小さく、高い声の方は低めに、低い声の男性は少し高めに、意識的に変えてみたらどうか。

嬉しい時や楽しい時は、もう少し声を大きく、高めに元気よくメリハリを付けて、はしゃいでみたらどうだろうか。

悲しさや寂しさを感じた時は、もしスッキリするなら、誰でも大声で泣いて良い。声が枯れてガサガサに成る程、ギャァギャァ泣いてみるのも良いモノだ。

愚痴を言う時、文句や不平不満を口にする時も、ほんの少し意識的に声色を変えてみたらどうだろう。

 

きっと気分が落ち着いてくる。

そうして気持ちが安定したら、自分らしい声を模索し、自分らしい声で話せばいい。

 

最後に言いたい事

私から言わせると、健常者は自分の声に、余り有難みを感じていない。物心ついた時から自分の声で喋っているのだから、当たり前か。

 

非常にもったいない話だ。

もっと声を大切にした方が良い。

声に工夫を凝らした方が良い。

もっと利用した方が良い。

 

私は声を失っても、お喋りが出来る。日常生活には、全く困っていない。

もちろん怒る事は少ないから、楽な日常だ。

お陰様で泣くほど悲しい出来事も少ない代わりに、感動の涙は多いから、そういう時はしっかり涙を流す。鼻水も流す。

 

それなのに、私は、笑い声が出ない。

 

残されたい人生で、一番の心残りだ。

笑い声は、気分が盛り上がる。

大声で笑う我が息子や娘が、心から愛おしい。

意外にクールなおっと~が、たまにいう冗談に、ゲラゲラ笑ってみたい。

 

私は皆さんの、笑い声が羨ましい。

笑える人は、ウンと笑って、うんと楽しんだ方が良い。

もっともっとデカい笑い声を出した方が、必ず良い人生が訪れると思う。

  

・・・なんだか、どっかの怪しい自己啓発セミナーみたいになってしまった(笑)

ちなみに私は、笑い声の替わりに手を叩いて、その大小音で笑いを表現している。

 

 

いつも通り、長い文章でした。

明日は癌検査で、朝から病院です。検査結果はTwitterにて。多分、大丈夫!

読んで下さってありがとうございました。

 

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