かあさん ちょいちょい がん患者

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

私(音声機能障害者)のSOSを受け止めて、助けて下さった人のお話。

白杖SOSの話題をTwitterで見かけた

この数週間、中学3年生の娘が夏休みで、ベッタリ私と過ごしている。

(もうクラブも終了して、受験勉強に専念しろという夏休みらしい)

 

私がパソコンでブログやTwitterを見ていると、携帯の使用時間が制限されている娘にとって、その姿がストレスになるらしく、私もなるべく控えていた。

しかし先日、「白杖SOS」の話題がテレビ報道されていて、娘とTwitterでの意見を調べてみると、賛否両論が渦巻いているのを見かけた。

 

詳しく読むと「白杖SOS」の話題は、もう4~5年前から交わされている論争で、視覚障害者の間でもそれぞれの意見があり、懸念があると紹介されている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%9D%96SOS

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意見の中には、「別に白杖を上げなくても、声で助けを求めればよい」という趣旨のツイートがあり、相当数の同意(いいね)やコメントが交わされていた。

そのまま無視すれば良かったのかも知れないけれど、私はそれを読んで少なからずショックを受けてしまい、下記のツイートをした。

 

 

 

本当に沢山のご意見を頂いたのだが、私の荒い言葉使いにも拘らず、お叱りのご意見が全く寄せられなかった。感謝を申し上げると共に、大切な事を二つ学んだ。

 

1つ目は「当事者でないと分からない、障害者の状態」を、もっと健常者が知る機会があれば良いという事。障害の当事者が、自らを発信する大切さである。

実際に上記「白杖SOS」においても、健常者がいかに論争したところで、一般的に白杖SOSを示すのは視覚障害者であり、そのSOSを受け取る側は健常者という事になるのだから、先ずは白杖を使っておられる方々を「知る」状態から始めなくてはならない。

 

もう1つは「言葉使い」

 

いつもの通り長くなるが、今回は私の障害について知ってもらいたい。

そしてもし私が健常者にSOSを流すケースがあるとしたら、どういう内容になるのか?知ってもらえたら何よりだ。

 

失声障害 もしくは 喉頭摘出による音声機能障害

私の場合は正確に言うと、癌により喉頭を摘出した音声機能障害にあたる。

「音声機能障害」と言われても、殆どの方が理解に至らないので、私は「失声障害」と言う言葉を使う場合が多い。

※音声機能障害とは、喉頭(のど)や発声筋等の音声を発する器官に障害があるため、音声や発音、話し方に障害がある状態のこと。例えば、無喉頭、癌等による喉頭の摘出手術、発声筋麻痺などにより音声が出ない場合などがある。

 

簡単に言えば「声を出す機能が失われた」状態で、うんともすんとも、発声が出来ない障害である。(著名人ではつんく♂さんや亡くなった輪島さんなど)

 

失声症」や「失語症」とは異なるが、「声で言葉を表現できない」という症状では、同じかもしれない。

※「失声症」とは主として、ストレス心的外傷などによる心因性の原因から、声を発することができなくなった状態。一見同じような「発声器官に問題はないのに、ある時を境に喋ることができなくなった」状態でも、言語野への物理的な障害により語彙記憶や言語の意味理解などに困難をきたした「失語症」とは異なる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%B1%E5%A3%B0%E7%97%87

 

ツイートした私のSOS 「病院への電話」について

以下は、私が障害によって困る典型的な例であるから、是非紹介したいと思う。

 

これはもう4年ほど前の話になる。

当時私は声を失ってから1年余り、まだ抗がん剤中の身であり、声帯の代りに声を発してくれる「人工喉頭器」の使い方にも慣れていなかった。

人工喉頭器とは、音声機能障害の方が使う「発声補助器具」である。慣れれば使い方は簡単だが、音声が機械音で、言葉の抑揚がうまく表現できない難点がある。

何より今と違って、人工的な喉頭器の声に自分自身が慣れてはおらず、よせられる「好奇の目」をとても辛く感じていた最中だった。

 

ある8月頃の真夏盛り、整形外科病院での出来事である。

当時の私は抗がん剤の副作用で、日々下痢との闘いであった。

ある朝に襲われた猛烈な下痢で「血管迷走神経反射」と言う症状を起こし、失神してベットから転げ落ちてしまった。その結果が頸椎捻挫で、リハビリ施設の充実した整形外科へ通院し、かなりの時間を費やす羽目となった。

 

まだ通い始めて数日だったと思うが、リハビリを終えて帰宅した私は、自宅の玄関で「靴」が自分の物とは違うと気が付いた。

その病院では、診察を終えてリハビリ室までは靴のままだが、リハビリ室からはスリッパに履き替える。私は「他人様の靴を間違えて履いて帰宅した」典型的なオバサンになったのだ。

 

大慌てで病院に引き返した。時刻は午後12時過ぎ、車内はうだるような暑さである。

それなのに病院は、午前の治療が終了し、人っ子一人残っていなかった。

 

声が届かない

玄関の扉は閉まっていた。リハビリ室に直接行くドアは開いていたが、中の電気は消されて人影は無かった。

健常者なら大声で叫ぶだろうが、私が「人工喉頭器」で、その音量を最大に設定しても、誰の耳にも届かない事は分かり切っている。

ならば勝手に入り込んで‥とも考えたが、いい歳の大人が不法侵入を疑われるのも情けない。拍手で音を出したりドアを強めに叩いても、応答は無かった。

 

次に思いつくのが、電話連絡である。

その当時、私は電話機能の付いた携帯電話を持っていた。しかし不慣れな人工喉頭器で電話を使用した場合、受話器(携帯)と喉頭器がぶつかったり、不協和音を作り出して大変聞き難くなる。ましてやそういう声の患者から連絡があるという経験が、整形外科病院にあるかどうか?不安もよぎる。

 

情けなくて玄関の前で、泣きそうになってしまった。

健常者なら出来る事が、「声」が原因で出来ない、最初の出来事である。

 

ある女性が声を掛けて下さる

午後の診察が始まるまでは、2時間程あったと思う。

それまで炎天下で待つか?一度帰るか?どこかで時間を潰すにも、またいつ下痢に襲われるか分からない身体には、不安と恐怖が付きまとう。

 

玄関の横は大きな道路だ。車も人々も、多からず少なからずある地域だった。誰かに助けを借りようと思えば出来たハズだが、その時の私は、とても声を掛ける勇気が無かった。

何よりアカの他人様(健常者)に、私事(障害によるSOS)をお願いするなんて、経験した事も考えた事もなかった。

 

40代後半まで健常者だった私には、それが普通の感覚だったと思う。

 

暫く悩んでいたが、気持ちは「一旦帰宅する」方針へと傾きかけた頃、一人の40代くらいの女性が話しかけてこられた。

「午前中は診察が終わってマスよね?午後は何時からですか?」と言う様な言葉だったと思う。私は急いで人工喉頭器を取り出し「3時頃から受付だと思います」と答えた。

 

女性は私の声に驚かなかった。

人工喉頭器をバックから取り出す間も、不審がらずに暫く待って下さったと思う。

それから女性が仕事中に指を切った事、この整形外科病院では緊急処置をしてくれるかどうか?近くだから訪ねて来た‥という様な話をされた。

私は緊急処置は分からないと応え、そこで話は終了する予定であった。

 

ところがその女性は、玄関先でウロウロしていた私を見ていたのだろうか?「何かお困りごとですか?」と聞いて下さった。

私は飛び上がる程嬉しくて、事情を話し、「私の代りに病院に電話をして、事情を説明して頂けませんか?」と自分の携帯電話を差し出した。

 

しかし実はその時、私は自分の携帯電話の「電話のかけ方」を忘れていた。もう1年以上、電話機能に触れていないのである。まず電話番号の入力が分からない。

そんな事があるか!と思われるかもしれないが、自宅で何かの家電に暫く触れないでいると、スイッチがどこにあるのかも忘れてしまう様な経験はないだろうか?冬に使わなかった冷風機の、タイマー設定方法が分からなくなったなど、それと似ている。

 

あたふたしている私を横目に、彼女は自分の携帯電話を取り出し、とても自然に、とても穏やかに病院に電話を掛けて、私の事情だけを説明をして下さった。

 

一生忘れない、私のSOSが届いた瞬間である。

 

その後の女性

喉頭器の声が聞こえないはず、スタッフは2階のスタッフルームで食事中だったらしい。事情を聴いた男性スタッフが非常階段の様な外から降りて来られて、玄関を開けて下さった。そうして私は、一つ残された私の靴と、見知らぬ人の靴を交換したのだ。

 

男性スタッフにお礼を伝えて玄関に戻ると、女性は車に乗って発車するところだった。大声でお礼も言えない私は、出来る限りの「大身振り」と「満面の笑みで手を振って」お礼を伝えた。女性も軽く手を振って笑顔だったが、そのまま別れてしまった。

名前も知らぬ、今では顔もぼんやりとしか覚えていない、私の恩人の様な方である。

 

白杖のSOS」ツイートでもコメント頂いたが、大切なのは「どの様なシグナル」だったにせよ、困っている様子の方が側に居たら、助けましょうと「思う心」だ。

声を掛けたら逆に怒鳴られた経験談も耳にするが、難しい状況は100も承知でお願いをしておきたい。実際に行動に起こすか起さないかは、その時の判断で構わない。

 

障害者のSOSを受け止めて下さる、優しい心を持って頂けたら、私は泣くほど嬉しい。

 

あの女性、本当にケガで病院にこられたのかしら?

私の為に小芝居?などと、今更思う。

どこかで女性が、このブログを読んでくれないだろうか?

 

教訓 

その後私は、携帯電話を破棄して、電話機能の付いていないタブレットに変更した。

もちろんLINEを使えば通話が出来るし、何より手で持たなくても会話が出来るので、喉頭器にぶつかる事も不協和音も発生しない。

緊急に外部の方と電話が必要な時には、安価なガラケーを携帯しているが、これは携帯電話での会話を「諦めた」のではなく、自分の障害を「受け入れた」と考えて頂けたら幸いである。高価な電話は、私には必要ない(笑)

 

そして最近にはヘルプカードと、自分の症状を説明する救急カード(下記参照)を持つ様にした。このヘルプカード、普及にはまだ時間が必要なうえに、内部障害者への誤解も多いと聞く。しかし私は手助けして下さる方がいると信じて、バックに取り付けてある。幸か不幸か、まだ使用した事はないけれど・・・

 

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ヘルプマークと、永久気管孔の救急カード

 

非常に長いお話になったので、次回は健常者が思う「声の出ない人の困りごと」と、「当事者の私が思う困りごと」との相違点を伝えたいと思う。

大切な「言葉使い」についても、記そうと思っている。

 

長きにわたって読んで下さってありがとうございました。

暑い毎日、お盆もお休みを楽しまれる方も多いでしょう。

お身体には、お気をつけて(o^―^o)

 

ではまた次回(^.^)/~~~

 

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