かあさん ちょいちょい がん患者

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

親からの呪縛を受け継ぐ親になっていました! 娘ちゃん受験1年前に 塾を辞める!‥の軌跡②

前回の続きです

娘(14歳 現在 中学2年生)の成績に悩んでいる母親の私が、来年受験を控える娘の、塾を辞めるまでの軌跡を記しています。

 

 

前回は悩みの種である「娘の成績」具体例や、塾と娘の状況について記しました。

コメントも沢山頂いたのですが、殆どの方が「何か1つでも、得意な(又は好きな)分野が見つからないだろうか?」との応援メッセージです。

 

本当に、マジで、本気で、心の奥底から、同意します!

 

特に「勉強」に拘らなくても、娘に何か我を忘れる程 好きな事がないか?

何をしている時が、彼女にとって興味深い時間を過ごせるのか?

どんな事ならもっと知りたいと思うのか?

自分でも上手だと感じるのは何か? etc・・・

 

そうして最終的には、それが「動機」となって、その分野を伸ばす勉強をして欲しい!

「好きこそ物の上手なれ」でしょ!

 

でも実は、好きから始める「勉強の動機」って、物凄く難しくないかしら?

 

僅か14歳ごときで、簡単に見つかるものなのかしら?囲碁の天才少女や藤井聡太さん、卓球の張本兄妹さんなどは、特別中の特別の様な気がしてならないのです。

 

私が両親から受けた「勉強の動機」について

興味がない場合は読まなくても良いのですが、タイトルの「親からの呪縛」には、「親自身の養育環境」が要因のひとつである場合が多い。

だからもし、読んで下さる方の中に「親の呪縛」で苦しんでいる方がいらっしゃれば、親の過去を知ることも大切だとお伝えしたい。

 

ただ下記は、両親から許可も得ないで記しているので、ちょっとオブラードに包む。

 

私の両親だから、父は生きていれば90に近く、母も80を遥かに超える。

二人が「学校で勉強を教わる」時期は、先の戦争中から戦後すぐの状況で、しかも広島県はご存じ、壊滅的な被害を受けていた。

そして日本中が 産めよ育てよ 兄弟姉妹は4~5人が普通だった。

 

だから決して珍しい話ではないが、長女として産まれた母親は、就学期間が短い。その代わりに専門職の資格を取り、終始一貫それを仕事にして家族を助けたのだから、私としては立派だと感じる。

しかしその「短さ」が、彼女の一生のコンプレックスになる。

 

また父は、生まれた時から何かの病気だったらしく、大きな手術跡が身体に残っていた。(何の病気だったのかは、遂に教えてもらえなかった)

それで父の家族は、戦後に職を求めて都会へ転移した時も、父を伴わず、一人だけ田舎の親戚家に父を預けて出稼ぎに出る。

 

先も述べた戦後の混乱中、父の両親の状況も理解出来るのだが、一人残された父は「勉強で良い成績を取る」事で、両親の愛情をつなぎ止めようとした。

 

そして確かに父は、先生も居ない様な大田舎の学校で「神童神話」を残し、他県の高名な国立大学に合格する。しかしこれまた両親の金銭問題で、自宅から通える範囲の大学に進学するよう命じられる。よくある事だ。

しかし、それが父の生涯の、心残りとなる。

 

この様な経験を元に培われた、私の両親の教育方針は

 

「親が希望の学校で勉強できなかったから、あなたには進学して勉強して欲しい」

「学歴さえあれば、将来は何とでもなる」

「お金は出してやるから、勉強をしなさい」

 

そして「親の夢を叶えよ」である。

 

この教育方針に私の両親は、今でも寸分の疑問も感じていない。

何故なら両親は、彼らの両親がしてくれなかったことを、見事に私達(兄と私)に実行したのだから、むしろ誇らしげでもある。

 

 私は勉強したのか?

しかし上記のような教育方針が、子供をダメにするのよ~!と言う話は、最近になって教育評論家や教育本で説き出した内容で、私の時代にはそういう親がゴロゴロいた。

 

「子供」の人生は、「親の期待」に応えるモノだったらしい。

 

家族やお金の都合で、進学希望が叶わなかった人達である。お金も家族も問題ないのに、勉強しない子供の存在は、理解の範囲を超える様だ。同時に呪縛に耐えきれず「浪人生が金属バットで両親を殴り殺してしまう」様な「子供の親殺し」が盛んになった時期でもある。

 

もちろん、その期待に応えようと努力する子供も多かっただろうし、親の希望を受け入れて、それを「好き」になる幸福な人生もある。

 

しかし私に「親の代り」に勉強しろという、「同情」的な「動機」が通用したのは、中学生頃まで。高校生にもなると、ウチの親クソ 指示ばっかしやがって 頭おかしいんじゃねえの 親には反抗的な気持ちしか持ち合わせなくなる。

際は私より兄にかかる呪縛の度合いが大きく、彼は高校で見事なほど勉強を止める。本気で0点を取ったりして、母親と殴り合いをしていたw大人になって兄に聞いたが、実は彼も心から母の暴挙に傷ついていた)

 

結局、思った通り、私は勉強も学歴も薄い大人へと成長するのである。

(兄は大学に進学して、勉強を再開しましたよw)

 

私が親になる

そして私が親になるのだが、ここからが本題。

芸術家肌のおっと~は、勉強教育に余り関心のなかったので、それをどう教えるか?私は一人で背負う事となる。

 

当初は気が付かなかったが、それが大きな問題だった。

私は、他の教育方法を 知らなかったのだ。

 

 

以下は、私が何かの本で読んだ「ある女性の体験談」である。うろ覚えなので正確ではないと思う。

 

※子供の誕生日、父が子供の為にホールケーキを買ってきた。

母子は歓声をあげ父に感謝するが、父がお風呂に入っている間に、母は「良かれ」と思ってホールケーキを人数分に切り分けて、食卓に並べた。

食事も早々に済ませた子供は、早くケーキが食べたいと言う。だから母子は、父がお風呂から出る前に、少しづつ食べ始めた。

お風呂から出た父が驚いて、母子と話をする。そして初めて、母は問題に気が付く。

 

母は「誕生日のホールケーキの意味」を知らなかったのだ。

 

もちろんホールケーキに立てられたロウソクの写真や、家族でロウソクを吹き消す映像を見た事があるし、イベントは知っていた。しかしそれは、自分とは全く関係のない「特別な家庭」にだけ存在するもので、自分の経験とはかけ離れ過ぎていたのだ。

 

父の話を聞いて、母は初めて自分の両親が「超多忙な仕事人」ではなく、「ネグレクト」だったと気が付いたという。

 

私の親は虐待ではないが、上記のような事が私にも起きたのである。

 

例えば私は、当たり前の様に、息子に「この本を読んで、感想文はこう書きなさい」と指示をした。図工や夏休みの宿題などは、段々とヒートアップして、私が殆ど作った作品でも、それで満足だった。息子が見る映画や本も、私が許可したモノだけを並べた。一緒にしようと約束した勉強を、早々に息子が済ませてしまうと、裏切られた様な気がして泣きわめいた。そしてやり直しを、当然の様に命じた。感想文から日記に至るまで、監視しなくては気が済まない。

 

ホンマに、こんなモンじゃないほど酷かったけど、書いていて本当に恐ろしい。

 

言い訳がましいが、私はこれが勉強教育だと思っていたのだ。

私の母と同じ行動を息子にしていたのだが、それが普通だと、本気で思っていた。

ほっといても勉強する様な特別に優秀なお子さんは、そういう能力(知能)の子供だから、私の子供には関係ない。子供の教育とは、母親が指示を出してやらせるモノだと思っていた。

 

もちろん勉強が全てでないと、言葉だけは知っていた。

でもそれは、余りに私の経験と違ったから、な~~~んにも疑問に思わなかった。

 

息子の反抗

有難い事に、息子が中学頃から、鬼の様に反抗してくれた。部屋にも触らせてくれなくなった。暴言から壁の穴から、すべて私が私の親にしたかった事を、息子が私にしてくれた。娘が息子を怖がるゆえんである。

 

その当時は何が原因なのか、全く思いつかないで相当苦しんだ。しかも私はその反抗について、私の両親に相談していた位だ。

まともな助言が、得られた例はない。

 

息子に変化の兆しが表れたのは、私が言葉を飲み込むようになった頃だ。

息子に指示をせず、部屋も触らず、全てを息子の判断と結果にゆだねる事にした。

正直に話すと、実は恐ろしくて何も言えなかったのだが、その反抗が私に「間違った教育」を気が付かせ、「子供を信頼する」様に教えてくれたのであるから、私の息子は立派である。

 

以降、息子にとって私は、かなり変わったと思う。私の癌を告げた時の息子の涙を感じると、心底嫌われてはいなかったらしい。

今の私は、良い母親に近づけたと思っている。

 

好きになる勉強方法が分からない

ただ今でも、本当に分からない。どんな本を読んでも実感が沸かない。私が分らないのだから、娘に伝え様が無い。

 

「好き」を勉強に導く方法

「目標や動機」をしっかり持った勉強方法

(受験合格とかじゃなくて)

興味を伸ばす方法 等々・・・

 

何せ私が諭された勉強の動機は、「親への恩返し」だったのだから、好きと思って勉強した事はない.。両親にとって5教科以外の「好き」は全く重要でなく、否定的な反応が常だった。

成人しても私の携わる職業は、ことごとく親不孝だったらしいので、得意分野を将来に結び付けた人が、心底羨ましい。

そういう方は、両親が同じ様な経験をしたのだろうか?

どういった教育方法で、ご両親が導いたのだろう?

 

 

長い文章を読んで頂いて、ありがとうございます。

次回は娘の話題に話を戻して、塾を辞めて受験を娘の希望に沿う様に、少しの光が見え出した「塾の先生の助言」を記そうと思います。

混乱する私に、塾の先生が教えてくれたお話です。

 

マンガ

今回のマンガは、前回のブログで頂いたコメントをヒントに描いてみました。コメントをくださったのは、私のイチオシの作家さんである

高岡ヨシ (id:yoshitakaoka)さん

 

特に「歩けばいい」という小説は、「よしもと「原作開発プロジェクト」優秀賞受賞作」であります。超ちょ~~~うお勧めです!

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B079ZWVHTF/-22/ref=nosim/

 

⇩ 頂いたコメントです

きっかけは多い方が良いと思いますが、同時に、与えられただけの選択肢は色が薄く見えるのかもしれません。選べるものが少なくとも、自ら掴んだものは離さない。
数値には表れませんが、娘さんが既に持っている周りから愛されるというアセットは、今後、娘さんが何をするにしても、そのアクションを支える強固な土台になると信じます。

 

「与えられただけの選択肢は色が薄くなる」と言う表現が、私の心を打ち抜きました。

マンガは私の経験を元に描いていますので、高岡さんのイメージとは違うかも知れません。まだ途中ですけど、読んでみてください。

 

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続きます。

何だかイラストが、参考にする絵に似ちゃってごめんなさい。

オリジナルを起す能力不足‥趣味なんで許してね!

 

ではまた今月中に、もう一回更新目指して!

またね(@^^)/~~~

 

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