かあさん ちょいちょい がん患者

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

不登校のお子さんと 娘達三人のお話2

前回、Aさんと3人の考え方に食い違いがみられたところまで記しました。 

今日は続きです。

 

救われた事

最初にこの問題が発覚したのは、3学期の始業式の数日後です。

始業式の当日頃 4人でやり取りがあり、翌日Aさんが学校を休んで発覚しました。

それが救いだったと思っています。

 

もしこの様な考え方の食い違いが「長期休日前」つまり2学期の終わりだったら、冬休みの間の4人がどのような気持ちで過ごす事になるか、想像に容易いと思います。とてもプラスの思考には移行しません。

 

休日の間に保健室や担任の先生が相談にのる事もなく、親はそういう話題を「お休みにまでしない」ご家庭も多いと思います。(我が家も同様)

限られた数人のお友達とのやり取りだけで、休日が明けてから窮地に追いやられる子供がいるというのは、こういう事例があるからだと思います。

 

今回はいじめなどの要因はありませんが、そういった場合は もっと悲惨な感情が渦巻く状態に陥ったと思います。

 

意見の食い違いの原因

娘が我が家で不満を言うようになるまでに、3人の中に少しずつ鬱積されてきた不満がありました。それは 前回も記した様な内容です。

 

当初から3人の中では「お手伝いをしてあげる」という意識がありました。しかし後半になると保健室や担任の先生はじめ、Aさん本人も当然の様に扱っていたと言います。

娘の言葉通りでは

「目を合わせてうなずくだけで、迎えに行く合図になった」

「ランドセルや連絡帳を 代りに受け持つのが当たり前」

「持ち物などは本人でなく 3人の誰かに渡される」

などなど、感謝の言葉は聞こえてきません。

 

起爆剤になったのは「迎えに来るのが遅い」と怒られ、「クラスのお友達の悪口」などAさん本人が言葉にする不満が「上から目線に感じられて」腹が立ったと言います。

 

この娘たちの鬱積は、Aさん本人には正に「青天の霹靂」「寝耳に水」に感じられました。保健室や担任の先生には、突然の「3人の反抗」とか「お手伝いから逃げた」「気まぐれな気分変り」などに感じられたと思います。

担任の先生は3人を呼び出し、説得されました。

 

※しかし そもそも「お手伝いをしてあげる」「してもらう」関係が、友達と呼べるのでしょうか?教育者がよく言う「友達や仲間関係の定義」に疑問がうまれます。

クラスは皆は「お友達」「仲間」

学校のみんなは「お友達」「仲間」

同じ空間にいるだけで「お友達」「仲間」

この無理な教育はいつからでしょう?

 

余談

大半の大人は、不登校の辛さや苦しみを理解して、自尊心を失わない様に対策を考え、応援する気持ちを持っています。

しかし大人の対応が難しく、不登校のお子さんを、例えばナイーブではれ物に触る様に扱ったり、同情心の様な気持ちから、優しい態度や特別扱いに心を込めたりします。

しかしそれは、小学生の子供たちにとっては「ひいき」だったり「特別優遇」にしか感じられない例は少なくありません。

 

例えば、大人から見れば「宿題をしないのは損になる」と分かります。ですが子供から見れば「なぜしなくても良いんだ?」となります。

マラソン大会で 普通は汗水たらして頑張っている子供の横で、なぜ一周走っただけで許されるのか?大人は理解しますが、子供は理解しません。

学校を休んで外出していたとなると、子供の気持ちは「さぼっている」以外の何ものでもありません。「泣けば許される」「学校を休めばやらなくて済む」などの誤った感情に取り付かれる事もあります。

 

娘達3人も 同様の感情を持つ様になっていました。

 

どうしたら解決するのか?親の私も分からない 

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3人は先生に 上記の様な気持ちを話します。

私にも 切々と訴えました。

ここで私は 心底 難しいと感じました。

 

「仲の良いお友達じゃないの?残り少ないのだから、最後までお手伝いを頑張りなさい」と促すのが良いのか?

しかし1人だけ中学校も同じBさんは、どんな思いでしょう。

 

「しんどくなった気持ちを理解するから、もう他の人に替わってもらいなさい」と辞めさせるのが良いのか?

しかしAさんの気持ちは?望みは?

 

これが大人のもめ事であれば、Aさんの気持ちも3人の気持ちも、両方を理解して認めたうえで、穏便に事を運ぶ術を心得ます。

しかし子供たちを導く立場としては、白か黒か明白な答えが出ませんでした。

先生は「最後まで面倒をみる」様に勧められました。

しかし3人は納得できません。

 

同時進行で お手伝いをする人を決めなくてはならない

この件と同時進行ですが、3人がお手伝いを放棄する様な状態の時も、当然Aさんが急に教室に1人で来られる様にはなりません。

むしろ、また長期欠席や卒業式の問題も浮き彫りになるでしょう。

 

保健室や教頭先生が付き添ったり、クラス全員で給食前や下校時に、ゾロゾロ迎えに行って大騒動になったそうです。

正直に書きますが、クラスの中の大半は「どうでもいい」組です。

Aさんの問題をクラスで話し合うにも

何故3人が嫌がり始めたのか?

Aさんの気持ちはどうなのか?

殆どの子供は全く問題にせず「3人に任せっきりは良くなかった」とだけ認識し「Aさんを学校に来させれば良い」とだけ感じた様です。

その通り、お手伝いがお遊び会になってしまったのを、娘は冷ややかに報告してくれました。Aさんは保健室から出なかったそうです。

 

ここでDさんに白羽の矢が立ちます。

Dさんは、クラスの優等生で・・・というと聞こえは良いですが、ママにお伺いすると、実は人の嫌がる事を押し付けられて、家で泣く様な事が何度もあったそうです。

案の定・・と思い、胸が痛みました。

 

Dさんが娘に連絡をくれる

Dさんが娘たちの代わりをしてくれている間、先生も学校も特別な指導は聞こえてきません

少し落ち着いて来たのかな?

と安心していたのですが、娘にDさんから連絡がありました。

(Dさんは2人が3歳からの幼馴染で、塾や習い事も一緒に行く、これこそ親友です。クラスの中では、それぞれの仲良しグループがあった様です)

 

Aさんが3人の事をとても悪く思っている。

聞いていてしんどいし、辛い。

私から内容を聞いたとは、誰にも言わないで欲しい。

4人で解決して欲しい。

 

との事でした。

これは有難いというか、Aさんがどのように思っているか?

直接聞く事の出来ない私達は、彼女がきっと傷ついているだろうし、彼女の考え方や感じ方を聞いておいた方が、3人に助言も出来ます。

 

私の心に重くのしかかったのは

「3人に裏切られた。人間不信になりそうだ」

という言葉でした。

 

小学6年生の言葉が、どこまで真に迫っているか、大人の様に深く重い言葉であるかは図り知れません。

しかしAさんの気持ちを鑑みると、そう言わしめた背景に娘の行動があると、非常に責任を感じました。

 

また娘たちは3人でAさんの愚痴話も出来ますが、Aさんの立場は1人です。

AさんがDさんに、愚痴のひとつも言って当たり前に思います。

むしろ内に溜め込まないようにDさんに吐き出していた事で、少しは救われているかも知れないと感じました。

ところが娘は、これも納得できません。

 

おっと~と娘と話し合い、Dさんに聞いたとは絶対に言わないと約束してから、私は人生で2度目(一度目は息子の時)、担任の先生へお願いを申し出に学校へ行く事にしました。

 

これが結果的には良かった半面、娘の大激怒が起こります。

担任の先生の言葉が、怒りや反感の心情を起こさせたのです。

 

 

また長くなり まとめられなくて ごめんなさいねぇ。゚(゚´Д`゚)゚。

続きは 次回でお願いします。

私事なのに、皆様の参考になるでしょうか?

興味がない方は 本当に申し訳ない!!

 

子供の教育は、一筋縄ではいかない難しさを感じます。

ありがとうございました。

また来週~(。^ω^)ノ゙♪

 

※私は電話が出来ませんので、娘やお友達ママからのメールで進行状況を把握していました。これほど不便に感じた事はありませんでした。先生からの連絡はありません。

※Aさんのご両親を、私たち夫婦はお互いに知っています。朗らかな方です。

しかし学校でお会いした事はありません。行事には参加されない様で、どのように思われているか、全く分かりませんでした。