かあさん ちょいちょい がん患者 闘病と家族のイラスト日記

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

職場に「私は癌でした」と告げて、退職した時の事

私はカープ県在住なので、カープ黒田選手が引退するというニュースが、一日中ローカル放送で流れるのを見ております。

他県の方は信じられないと思うのですが、この引退表明が、天皇陛下の生前退位より重要かもしれない県に、40年来住んでおります。

 

私は100%確信していた!

黒田選手と新井選手が泣きながら抱き合ったリーグ優勝の時だ!

黒田選手引退を悟ったのであります!

 

。。。そんなことはどうでもよろしい!

黒田選手の引退で、自分の退職の時を思い出してみました。

私は結婚してから18年間、専門学校で非常勤講師をさせていただきました。

非常勤ですから、自分の担当科目だけを、決められた授業時間内にキッチリ教えて、未単位者には補習補講をしていけば良い訳です。

 

しかし相手は様々な個性を持った18歳以上の学生や職業人です。

授業は専門職を育成するカリキュラムですから、資格を取る、就職させる、スペシャリストを目指す、などの目標を掲げていますから大変です。

 

追いつかない学生を叱咤激励して、試行錯誤しながら卒業させる年月を重ねて、私もベテランになり余裕も出来ました。

 

しかし同時に、学生とのジェネレーションギャップを自覚するようになりました。

学校もボランティアではありませんから、経営戦略や募集要項も変わってきます。

18年間、全く同じ内容の授業では通用しません。

時代に応じてアップデータした内容を、完全に把握しないと授業になりません。

私も日々勉強です。

 

疲れていた?

意欲や向上心が無くなっていた?

目標が具体的でなくなった?

学生に対して取り繕うようになっていた?

「職業先生」に成り下がっていなかった?

 

担任の先生に癌と告げた時、やめざる負えない現状を受け入れていました。

何せ「声が出なくなる」からには、講師を続けられません。

 

しかし、もしかしたらホッとしていたのかも知れません。

私の仕事は、私が生きる理由にはなりませんでした。

「癌で辞める」という恰好の理由をもって、学校の講師という責任を辞任して、安心してしまったのです。

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担任や副担任の先生には非常に迷惑をお掛けしました。私の代わりを務めていただき、学生のホローをお任せして感謝ばかりです。

 

人生の殆どをお仕事で貫かれた方の、引退や離職はどんな思いなのでしょうね?

私は自分の父親しか退職の思いを知りません。

父親は決して満足する退職ではなかった様で、その後の人生に影響を残しました。

 

おっと~は今年60歳で定年退職です。

この話題はまた記そうかと思います。

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