かあさん ちょいちょい がん患者

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

叔母と私の 仁義なき戦いと愛情

先週の検査結果

先週は大変に忙しい日々で、余りに忙しすぎて腸ろうをする暇もなく、急激なダイエットをした様なフラフラ感でした。

それでもお陰様で、金曜日に受けた血液検査では異常もなく、12月のCT検査まで様子をみましょうとなりました。C反応性蛋白も0.5mg/dL(通常0.15)ですから、喘息程度の炎症だと、勝手に安心しています。

 

さて只今、日本中で話題のラグビーワールドカップ。簡単なルールしか知らなかったラグビー観戦が、これがまた面白い!

私は随分長い間「相撲女子」ですから、格闘系ポッチャリ男子が好みなのは、ご存じの通りです。

しかし あの厚い胸板!

筋肉隆々の太い腕!

たくましい肩から首筋のお姿!

彫の深いお顔立ち!・・・

ぶつかり合う男達の試合を拝見いたしますに、意外にもゴリマッチョ好きと判明いたしました。観戦とは別のホルモン、出るよね~(o^―^o)

 

グラビア女性と周囲の女性を比べて、なんだかんだ、好き勝手言ってた世の男性方。

あの筋骨隆々のお姿と、ご自分の腹を比べてご覧下さいマセ。

敵わんじゃろう!(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

 

叔母が急逝

私事の話題になる。興味のない方には申し訳ない。

 

先週90歳になろうという、おっと~方の義理の叔母が急逝した。

急逝と言っても、もう施設のお世話になって6年近く。私の癌が発見されて闘病を余儀なくされている頃に、叔母も家族だけの介護が難しくなった。

それまで何度も転んでは流血し、救急車のお世話になる事が複数回。早朝に連絡を受けてパジャマのまま向かうと、玄関で転んだ叔母が、殺人事件かと思う程に血まみれだった事もある。

余りにも頻繁に転ぶので、無自覚で無症状だという「無症候性脳梗塞」ではないかと疑われた。家族も限界だった。

施設に入所してからは、あれほど活発だった叔母が何一つ行動を起こさなくなり、やがては寝たきりになって長い年月を過ごした。

最後は熱が出たと救急車で運ばれ、肺炎と診断された僅か2日後に息を引き取った。誰も臨終を看取れなかったというあっけなさだった。

 

叔母の人生

叔母は田舎ではあるが、金持ち家のお嬢様だったと豪語する。幼い頃は、叔母付きの「ばあや」だか「ねえや」だかが居たらしい。

男性でも学歴が問えなかった時代に、東京の有名な私立女子大学を卒業されている。才能と環境に恵まれた、叔母の若き日々を思う。

 

しかしそれが「クセモノ」だった。

叔父と結婚したのだから、普通の家庭の普通の主婦なのに、いつまでたっても金持ちお嬢様気分が抜けない。親戚の集いでお茶は頂いても、出すところを見た事がない。

お洒落命の「着道楽」で、叔母のタンスにはデパート御用達の一流品が並ぶ。「私は贅沢の星の下に産まれた」が口癖だった。

確かに私が知り合った頃から(パンツとブラ以外の)下着から枕カバーやシーツに至るまで、クリーニング店に依頼をする様な生活ぶり。叔父や従兄が、叔母の貯金通帳を見た時が、人生で一番のショックだったらしい。笑笑

 

そんな事だから、おっと~と結婚した28歳の貧乏育ちの私と、65歳頃の叔母と、約20年間に渡り「仁義なき戦い」が繰り広げられたのだ。

 

送って頂戴!

以下はもう昔の話。叔母も私も若かった。

 

叔母家は我が家から、田んぼを3つほど挟んだお隣さんだ。お隣さんと言っても間に建物が無いだけで、田んぼと道路で5~60メートルは離れている。カープ県の大田舎での出来事だ。

 

ある土曜日の昼間に、着飾った叔母がやって来た。
「バスの時間を勘違いしちゃって」

どうやらバスの到着時間を【平日】運行で予定していたら、その日は【土曜・休日】運行だったらしい。

「予定時間にバスは来ないの!遅れるから送って頂戴!」と、私に断る術はない。

 

しかし叔母よ!私は後で調べたんだよ。

【平日】運行も【土曜・休日】運行も、同じ時間にバスは来るじゃねぇか!

嘘をつくな!このヤロ~!

 

負けてはいられぬ 

叔母からの依頼は、時には「迎えに来て」もある。

繁華街のデパート付近が多かったが「予定より荷物が多い」とか「バスに乗り遅れた」等がその理由だ。

 

だが私は知っていた。

そのデパート会員なら、5000円以上買い物すれば「市内に限り」、なまモノ以外は送料無料の翌日配送だ。

 

「叔母さん!荷物はデパートに預けて、次のバスでお帰り下さいよ」

「5000円も買い物しとらんと思うよ」

「でも持てない程、買ったんでしょ!叔母さんに限って、そんな安いモノを沢山買わんよねぇ。デパートのお得意様なんだから、1階のお客様センターに行ってよ!」

 

私も対処が上手くなる。

 

金銭感覚

叔母の金銭感覚も、少なからず私と違っていた。

 

ある日「ズボンをもらって❤」と訪ねて来た。

鼠色で地味なデザインの、ハッキリ言って私の好みでない。しかも叔母の体系だから、私にはサイズが大きすぎる。

お断りをするものの「サイズは直してあげるから」と、私のウエストを測ろうとする。そこまでするのなら、いつか着る時が来るかもしれない‥と、素直に頂くことにした。

 

過日サイズ直しを施したズボンが、私に届けられた。

頂いた袋を開けたところ「請求書」が入っている。

金額は5000円だったか、7000円だったか、請求者は「サイズ直しのお店」、宛名は私になっている!!!

なんと叔母は、サイズ直しの代金を、私に請求したのだ!

 

「ばかやろ~~!!5000円も出したら新しいズボンが買えらぁな!こんなキタねぇ色のズボン、要りゃせんわあ~~~!!!」

キレた私の姿は、想像に易くないか?

 

写真を撮って~

叔母はその年齢の方によくある様に、デジタル機器はご存じない。

「カメラで撮った写真は、直ぐに出来上がるん?」と聞くので、「デジカメで撮影して、それをパソコンに繋いでプリントアウトすれば、すぐ出来る」と伝えた。

すると「ちょっとだから、撮影をお願いできない?」と言うので了解した。

 

後日 叔母家を訪ねると、タンス部屋に溢れんばかりの、箱や衣服が並んでいた。

「どの箱の中に、どのバックや靴や小物やスカーフが入っとるか?整理棚に並べても分らんじゃろぅ。だから中身の写真を取って、箱に貼ったら分かり易すいが❤」

 

まぁ~!さすが着道楽~(^▽^)/ 箱入りで保存されるのね~

じゃねぇだろう!!何がちょっとだ!

山ほどあるじゃねぇか!

めんどくせ~!!

 

私は全ての箱から靴やバックやスカーフを取り出し、一点ずつデジカメで撮影した。何点あったか、覚えていない。

しかしそのデータを持ち帰って、一枚ずつプリントアウトしている時に気が付いた。

 

ふふふふふ(* ̄▽ ̄)フフフッ♪

「叔母さん 写真は出来上がりましたよ。箱に貼るのはご自分でね❤」

 

写真のバックや靴がそれぞれ、どの箱の中に入っているのか?

叔母が一つひとつ照らし合わせて、中身と写真を一致させ、箱に写真を貼り終えたかどうか?私は一切、関知しない。

 

叔母を理解する

私は義母や義姉に恵まれている。だから嫁姑問題の経験はない。

反面、上記どころじゃない叔母と私の闘いは、シリーズ化出来るほど数知れない。若き日の私は、指示や命令をする割に自分では働こうとしない叔母を、好きになれない時期があった。年齢差も手伝って、理解不能だったからだと思う。

こうして世に言う「嫁と姑」の問題は、泥沼に陥るんだろうなぁ~と感じていた。

でも私は、年を重ねるごとに、叔母が嫌いではなくなってきた。イヤむしろ、好きになった。我ままが許せるようになった、と言った方が良いかも知れない。

 

決して 人間性を 傷つける人ではなかった。 

叔母から言われて、私の自尊心が傷ついた経験は、一度もない。

 

迎えに来るのが遅いと理不尽なお叱りを受けても、「待ってる間に買っといたから」とお惣菜をくれる様な人だった。お礼の律儀は尽くす。

若い私が「その総菜を買う金があるのなら、タクシーで帰れ!」と感じたのは、叔母の価値観を理解しようとしていなかったからに相違ない。

 

叔母は「人に迷惑を掛ける」感覚がよく分かっていなかっただけだ。

だから平気で人をこき使う。でもそれは叔母の生い立ちなのか、それとも大卒の才女だったからか、若き義理姪(私)の迷惑など、考えるに値する価値は無かったかもしれない。それでも普通の主婦に成り、家計の為に働いた時期もあったというから、叔母なりの仁義を学んだのかも知れない。

 

今でも叔母の価値観は、完全には理解できない事が多い。それでも複雑な感情を経験させて頂いて、お礼を言うのは、私の方かも知れない。

寂しくなった。今ならどこへでも送って行くのになぁ~。

 

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人は死して許されるのか?

最後になるが、「人は死して許されるのか?」と疑問を呈しておきたい。

と言うのも、最近 偶然ながら「死刑反対論」についての本を数冊読んだ。死刑反対論者にとって、「死」と「贖罪」は別だと言う。

 

詳細は避けるが、叔母の葬儀に複雑な感情の人が居た。最低限の世間体だけは、配慮しようという事らしい。難しい関係だったと私も知っているが、その許せぬ感情をいつまで続けるのだろうかと、疑問に感じてしまったのだ。

「水に流す」という言葉が適切かどうか分からないが、葬儀の時にもまだ気持ちが修復されていなければ、いつ心が解凍するのだろう。

 

疎遠であったとしても、その間に感情の緩和は難しいのか?

死してもなお、厳しい感情が続くのなら、もう生涯に渡って赦し合えない関係性が成り立つのか?余りに寂しくないだろうか?

 

私も父親との確執を、葬儀までには水に流した。母との関係は、現時点でもわだかまりを感じる。しかし母が死ぬまでには、私が死ぬまでには、気持ちを整理して修復に向かわせるのが、人としてのスジじゃなかろうかと思うのだが、どうだろう?

ほんの少し、人間不信・・・  

※死刑論を例えましたが、犯罪とは無関係ですよ

 

 

読んで頂いてありがとうございました。

イラスト描く元気なしww

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またね(@^^)/~~~

 

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