かあさん ちょいちょい がん患者

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

クッキーさんへ

昨日コメントのお返事を書こうとして、もう一度よく考えて、そして素直にお返事をしようと思ってブログの記事にしました。

 

読み返したら長くなってます。

ごめんなさいね。

 

先日、高校の友人が遊びに来てくれました。

彼女は 旦那様が仕事の人間関係でうつ病になり、出社できない苦しみを家族で乗り越えた経験があります。

その話題の時、友人は私が命に関わる大病をして、障害が残り重い後遺症があるうえ、まだ再発や転移の可能性がある身体で、ケラケラ生きていると褒めてくれました。

「私ならどれだけ落ち込むか、きっと心が立ち直れない」と言う様な事を言いました。

友人達だけでなく、おっと~や家族や、近所の方まで褒めてくれます。

 

そこで私は考えます。

私はなぜ、落ち込んで立ち直れない、うつ状態で心が空っぽなんて事がなかったのか?

自分でも不思議です。

 

私は精神科医でも何でもないのですが、それを私なりに考えてみました。

1つ目は「病気になった原因を探らなかった」という事です。

 

殆どの人は病気になると、その原因を探ろうとしますよね。

もちろん食中毒やインフルエンザと言う様な事ではありません。

私やクッキーさんの様に「重症の癌」になった場合、その原因を心因性のストレスや環境や、遺伝のせいにしてしまったり、何が原因で癌にかかったのか、なぜ重症になるまでほっといたのか、追求したくなると思います。

 

でも私は、それをしませんでした。

もちろんお酒や煙草や、アスベスト放射能など、重要な原因があれば取り除きますが、かかってしまった癌の原因を考えても、もうどうしようもありません。

 

これで、気持ちが過去に戻らなくて済みます。

怒りや後悔や、誰かを責める気持ちも、自己嫌悪に陥る事もありません。

 

「たぶん良くない事が 身体に負荷を掛けたのだろう」程度で止めておきます。

すると「これからは、身体に負荷のかからない食事や、ストレスのかからない環境にすれば良い」など、漠然とでも前を向くことが出来ました。

 

2つ目はちょっと怖いと思われたら ごめんなさい。

死ぬことを具体的に考えました。

 

例えば、人間誰でも死ぬことは知ってます。

しかし殆どの人は漠然と「いつか」「何かの原因(病気?事故?災害?)」で「どこかで誰かと」死ぬだろう位でしょう。

 

しかし私は具体的に、きちんと

「私は、もしかしたら2年以内に、食道癌か咽頭癌か肺癌かのいずれかが原因で、死ぬだろう」と考えました。

 

ここで大切なのは、死ぬことを 受け入れちゃあいませんよ!

死んでたまるか!ですけど、それでも死ぬことは真面目に考えておきましょう、という気持ちです。

 

例えば「イタイ痛いとトイレでうずくまったまま、死にたくない」とか

「一人寂しく 病院の天井を見上げて死にたくない」とか

「息子や娘に寂しい思いをさせたくない」とか

自分が死ぬ時の「希望する姿」が分かってきます。

 

「もう痛い思いはしたくないなら、イザという時、延命治療をしないで、痛みを取り除く方法にして欲しい」とか

「一人で死にたくなければ、私が死ぬ時、家族が集まって手を繋いでいてくれる様に、要求して怒ってばかりの終焉を迎えたらダメだ」とか

「息子や娘が、イザという時 納得できるように、手紙や録画を残しておこう」とか

 

近くの未来が見えて来ました。

治療方針や行動指針も みえてきました。

おのずと性格も穏やかになり、辛い治療も終わりがあると考えられるようになりました。 

 

ただ、私も最初の1年位は、子供を残す事を考えてばかりで涙が出ました。

息子に怒ってばかりのお母さんでごめんねと 面と向かって謝り、娘に出来るだけ笑顔を見せる様に心がけていると、自然と家族の輪も強くなりました。

 

少し心に余裕が出来ると、ちょっとお葬式の事なんかを考えてみます。

すると「あの人にお葬式に来てもらっても嬉しくないわ~」と思う人とは、もう会いません。「あの人だけは遠方でも来て欲しい」と思ったら、私は癌だと手紙を書きました。飛んで見舞いに来てくれました。感謝感謝!

 

こうやって、長い将来を考えるのではなく、死ぬ前に出来る事を考え、近い将来を視野にすると、自分のあるべき未来がみえてきました。

 

最後に3つ目 死後の自分を考えました。

 

これは色々な書籍から得たヒントですが、私は宗教観がありません。

ですが死んだらどうなるのかとか、お葬式の意味とか、偉人はどのような死に方をされたかとか、精神科医の方が語る生死観などに興味が湧きました。

 

ちょっと面白いのは、死んだら「幽霊になりたいか?ヒトダマで良いか?さっさと極楽へ行きたいか?」なんて質問されると、死後の自分がどうなるか、ユーモアを交えて想像しませんか?

そうして死後の自分を想像すると、これで終わりじゃないとリラックスしながら病と闘う事が出来ました。宗教というのは、本来はそういう教えなんでしょうね。

 

話はそれますが、ある精神科の先生のお話で(お名前を忘れてしまいました)安心した事があります。

「今の日本では、自死以外で 自らの死を選ぶ事は出来ない。

だから人が死ぬときに医者の度量が問われる訳だが、数ある病気の中でも「癌」は、非常に研究が進み、良い薬も開発され、ホスピタルに入っても眠ってばかりでなく、比較的痛みを取る良い技術や薬がある。自宅で死ぬ事も出来る。だから、今の世の中で一番楽に死ねるのは癌だ」と。(これはうろ覚えの要約です)

 

私もそうなれば良いなぁと、思っています。

そして少しでも笑顔で長く生きられるように、日々を送っています。

 

 

クッキーさん 長くなってごめんなさい。

上記は私の思いを少し考えて、自分なりに表現したもので、クッキーさんがどう感じられるか、少し不安になります。

 

でも考えてみてください。

クッキーさんも私も、生きているだけで凄い事なんですよ!

モノ凄い手術に耐えて、今、生きてるんですから!

生きている事で褒められるなんて、ものすごくラッキーですよ~(^▽^)/

産まれたばかりの 赤ちゃんみたいじゃないですか!

そう自分を褒めましょう!最高の自己肯定感ですよねw

うふふふふ(*´ω`*)

ほんの参考までに、癌の先輩として

失礼いたしました~!

 

読んでくださった皆様も 

ありがとうございました。

イラストも何も、愛想なくてスイマセン。(*^▽^*)

では、また来週。