災害に対する準備をしっかりしておかなくてはと考える 世の中、自分だけは主義者も多い
大震災から6年が過ぎたと、テレビで放映される番組を、今でも直視できないでいます。想像をはるかに超える被害や津波の映像を、とても見ていられない。
感覚過敏とでもいうのでしょうか?
私はどういう訳か小さい頃から、他の人の感情を自分の感情と混同してしまう様で、幼い頃、兄が見る仮面ライダーを一緒に見た後は、必ず悪夢にうなされました。
カープ県なので、原爆資料館を見学に行って熱を出したり、同様の映画を見た後吐いてしまったり(40年以上昔は、今よりずっとリアルでした)、年がら年中、自家中毒で下痢と腹痛に嘔吐でした。
夜中にもよくうなされて、泣いて起きては親にすがっていた事を思い出します。
(大概はうるさがられて、先に寝られてしまうけど、手を繋いでもらった記憶がある)
だから今でも震災だけではないですが、人の痛みに触れると他人事とは思えなくて、時々は直視できなくなるのです。
震災当時 近所のスーパーでは売り切れ続出
6年前の私はまだ健常者で、カープ県ではピクリとも動いた感覚はなく、物凄い地震だったと知ったのは、呑気に夕食を食べている頃でした。
それでも全く実感はなく、水も電気も、仕事も学校も通常通りです。
東日本に親戚もいない私には、ちょっと他人事の様でした。
しかしテレビで伝えられる叫びに、さすがに恐ろしくなりました。
千葉と茨木と埼玉に住んでいた、懐かしい友人家族に連絡しようにも、こんな被害の中、呑気に「大丈夫?」と、問い合わせすら躊躇してしまいました。
そこで、おっと~に頼んで大きな段ボールを用意してもらい、我が家にあるだけのペットボトルやカップラーメンや缶詰を入れました。
今考えたら安物ばかり、トイレットペーパーやビニール袋まで入れた記憶があります。
足りないものを少しでも入れてあげようと、スーパーに買い物に行ってビックリ!
何の関係もないカープ県で、ペットボトルのお水が売り切れ!
電池が売り切れ!タバコもメジャーは売り切れ!
カップラーメンが、レトルトが、缶詰も品薄や売り切れ・・・
スーパーの棚がガラガラです。
なんでじゃ?みんな送ってあげる為に買っとるんか?
自分らの為に、今、私らが買占めして、どうするんじゃ!!
心底、スーパーで怒りと失望を感じました。
震災の美談は多く報道で知るところですが、こんな情けない現実もあります。
スーパーのはしごをしまくって、手に入った物を送ってあげました。
おっと~の仕事関係の方に頼んで送ってもらいました。
届くまでは時間が掛かったようですが、友人達から泣き泣き電話がありました。
私の知り合いに大きな怪我はありませんでしたが、日本中の今に続くその被害の大きさを、我が身と受け止める必要性を感じます。
悲観的に準備して、楽観的な明日に備える
6年も経つと少し楽観的になって、風化や忘却が始まります。
でも災害に終りはありません。
私は永久気管孔ゆえ、小さなお風呂でも溺れます。
健常者には大した被害でない事も、私には避難も出来ない状態かも知れません。
例えば、足を取られて転んだ場所が、水溜まりであるだけで、直接に肺へ泥水が入る可能性があります。大雨だけでも避難は困難です。
煙を吸う可能性は、口呼吸よりはるかに大きく、呼吸は止められません。
電気が止まると腸ろうのポンプが動きません。夏場では、あっという間に脱水です。
そう考えると、私は健常者が考える災害準備の、一歩も二歩も先に進んだ避難を余儀なくされます。決して楽観は出来ません。
災害の大きさを悲観的に考えて、「ダメ!出来ない!足りない!」が前提の準備が必要となります。
それが安心ある楽観的な明日につながるのです。
皆様も、今ひとつ6年目の機会として、私の様に障がいがあっても避難が出来るくらい、悲観的な準備体制を整えられて、安心できる明日になる様に、各家庭で話し合いをされて下さい。
避難場所と連絡方法の確認だけでも、安心につながります。
(我が家では、おっと~や娘が私を心配の余り、無理やり帰って来ない様に!など)
お読み下さってありがとうございます。
今日は少し寒いです。
白鵬が昨日負けて、ショック!