かあさん ちょいちょい がん患者 闘病と家族のイラスト日記

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

「私は癌です」と周囲に告げたとき。。。家族がどんな反応をしたか。。。娘編1

話題があっちへふらふら、こっちへころころ、すいません (´;ω;`)

日々の事、病状や癌告知、担当の先生や病院の様子など、私なりに話を進めてきました。

 今日からは少し、「私は癌です」または「癌で治療します」と告げた時、私の周辺の方々がどんな反応をし、どう感じたのだろうかという事を、私なりに記してみようと思います。

 

私は3年前から、自分の命を守るために必死の戦いをしています。

周囲の反応に注意を払っていられない時があり、気が付いていてもどうしようもなかった事もあります。

ですから、おっと~などから聞いた事も含めてみます。

 

 ◆ 家族 娘編1 娘小学校3年生 

私の立場は考えてみればキリがありません。

妻、母親、嫁、娘、妹、友達、同僚などなど。。。

講師をしていましたから「先生」なんてのもあります。

 

今日は年功序列で(?)私の大切な宝娘がどんな反応をしたか記してみます。

 

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となりのトトロと比べるのはおかしいけれど、お母さんが胸の病気で入院中の出来事だそうなので。。。

 

 娘は私が癌告知当時は小学校3年生、8歳でした。

私が39歳の時、6年間の二人目不妊治療で流産、死産の末に、ようやく授かった宝です。今考えれば、その治療もブログになるくらい大変でした。

 

甘やかすままに、べたべたベロベロに育てた甘えん坊です。

我が家から3分の距離に居るおばぁば家がオアシスで、我がままし放題も家族の黙認でした。

それはおばぁばの特権です。今でもどうぞ甘やかせて~と思っています。

おばぁばは、私たちの太陽なのです。

 

物心ついた頃に9歳年上の兄が反抗期真っ盛りだった為か、空気の緊張感を読み、場を和ませようとする事があります。

 

当時の娘は、母親が癌である、という事は理解できていなかったと思います。

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大きな病気だという理解は十分ありますが、「死」を具体的に想像できるほどの経験も知識もありません。

インフルエンザも水ぼうそうも、癌も、彼女にとっては同じ大きな病気であったと思います。

 

お母さんが癌で入院するのよ。➡

おばぁばのお家に泊まってそこから学校に通うの。➡

怒りんぼお兄ちゃんとお父さんはお家にいるよ。➡

でもお母さんは元気になってスグに帰ってくるのよ。(誰が死ぬかもしれないなんて、半年も入院なんて言うもんかい!)➡

 

 

やったぁぁぁ!!!

らっきぃぃぃ!!!

 

口に出したことはありません。

しかし最初の告知の時、きっと彼女はこのくらいの勢いで、ちょっと変わった日常を受け入れたと思います。

 

入院した私は、娘に会えるのは1~2週間に一度、数時間です。

空気を読む子供だったので私の前ではとても、とても良い子でした。

甲斐甲斐しく私の世話を焼き、一時帰宅の度にころころになっていきました。

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しかし私は、娘の心状態を全く理解していませんでした。

家族に任せて安心。。。くらいに構えていました。

続きますね。

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