かあさん ちょいちょい がん患者 闘病と家族のイラスト日記

食道がんと咽頭がんと肺がんのお母さんと、家族と育児の闘病生活をイラスト日記にしました

容姿が良いと 得をする

盆休みが終わっても まだ続く 娘の夏休み

朝からカープ県では「むはははははは~!」と攻撃的に暑い!

娘も同じ「でろでろでろでろ~」と 非生産的な毎日である!

いったい何時まで この状況が続くのか?

 

30日 31日には 中学校で休み明けの

「学期始めテスト」があるはずなのに

毎日がこれ ↓

 

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おっと~が「ごっくんする」

私が「虫をつぶす」

ごっくん つぶす

ごくん つぶす

ごく つぶし

 

穀潰しとは➡飯を食うだけで、何のはたらきもない人 人をののしっていう語。

 

ちょっと言い過ぎじゃろか?

しかし 毎日ナンもせんと、マンガとタブレットで時間潰しで 大食らい・・・

まんざら嘘じゃなかろう。

同じ思いの親御さんもいらっしゃるのでは?

 

くだらない 私のおやじギャグに 呆れられるか?

娘の生活態度に 呆れられるか?

 

容姿の整った人を 描いてみる

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どうした?いきなり?

老いらくの恋か?

 

違うわ!

 

私はどちらかというと 相撲が好きなだけあって、ポッチャリ系の方が好きじゃ。

筋肉質な人とか 貫禄系でも良い。

髭とか胸毛も 色っぽくて カッコイイ。

 

自分に「ない物ねだり」ようのぉ~(*''▽'')

 

それから どちらかというと くどい顔が好きじゃ。

ブラッド・ピットとか 

ショーン・コネリーとか

日本人なら もこみちさんとか 

 

おっと~がこの絵を見て

「うぁ~ キザな野郎じゃ!あまい甘い!」と 煙に巻く。

 

若いお嬢さんを 描いてみる

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 ちょっとマンガタッチになってしまった。

 

女性も同じく、痩せているより「ボン キュ ボン」が良い。

揉んで 柔らかい方が良い。

二の腕や太ももが 太い方が 美しい。

 

断然憧れるのは「愛想が無くても 美しい顔立ちの人」

 

イラストとは全く違うけれど

グレース・ケリーとか

エリザベス・テーラーとか

ニコール・キッドマンとか

日本人なら 菜々緒さんとか

 

娘に「笑ったら超可愛いよ!」と言い聞かせる。

間違っていない!

けど、ツンツカしている顔を見ると、

・・・どう言えば 怒られんじゃろ~?

 

好みや評価の基準は 違うけど 

もうご存知だから、クドクド言わんゾ!

容姿が良いだけの人生で、幸せになった人は少ない。

美人も歳をとれば しわくちゃ婆様、

イケメンも トイレで気張れば ただの人じゃ。

 

この歳だから 知っておる!

知性や気品が 表情に現れる。

性格の良さが にじみ出ておる。

そういう人を 山ほど知っているから

今更 説教っぽく もう言わん!

 

でも ナンか やっぱり 顔が良いと

社会的に認められてしまうのは

どうしてじゃろ?

 

大親友のお嬢さん

就職が決まらないので 心配する。

真面目で 真面目過ぎて ちょっと硬いイメージだったかな。

 

就職課の方と相談して、履歴書の写真を替えたそうじゃ。

今度は上手いと評判の写真家さんに撮影を依頼して、髪型からメイクまでお願いしたのだそうで、ビックリ美人に大変身!

撮影と焼き増しで 8万円!

 

そしたら 大手会社に決まったそうじゃ。

 

良かった!良かった!と言いながら

親友と私は 腑に落ちない。

 

人生 容姿じゃないで!

でも 考える・・・

写真家の腕じゃ!とか言うな!

カメラマンの知り合いが喜ぶ。

 

お墓の話から ガラッと変わって、容姿のお話でした。

好みの男性をイラストで描いていると、わたしゃ気分は良いが おっと~が ちょっと はぶてる(すねる のカープ弁)

うふふふふふ(*´ω`*)

 

お読みくださって

ありがとうございました。

ブクマのコメントを いつも大喜びで読んでいます。感謝 感謝!

面白かったり 共感してもらったり。

私もブクマのコメントを 皆さんのブログに書くのが楽しいわ。

トンチンカンだったら ごめんなさいね。

では、また(@^^)/~~~

 

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死ぬ前に考えましょうよ! 日本の宗教観から お墓や墓地を海外と比較して 納得してから墓を建てよう

先のブログは失礼を致しました。m(__)m

夏バテの弱った身体には、刺激物や消化の悪いものは控えるように、肝に銘じます。

ゆっくりと 穏やかに よく噛んで 少しづつ 食事を頂きましょう!

 

お見舞いのお言葉 

有難かったです。゚(゚´Д`゚)゚。

感謝!感謝!

 

今日はいつもと趣が違いますが

お盆ついでに、先日の葬送のお話の続きです。

興味のない方はスイマセン。

 

 

以下は椎名誠さんの「ぼくがいま、死について 思うこと」という著書の中に書かれている事を参考に、私の感想や経験を記しています。

興味のある方は 著書を読まれたら、もっと奥の深い生死観が記されています。

 

画像は「Free images on Pixaboy」からダウンロードしたものです。

国別になっていますが、撮影の具体的な地域や日時ははっきりしません。

 

日本の宗教観

日本は仏教国とされる割には、例えばですが、結婚式の時はチャペル風式場で牧師様の言葉に涙してみたり、神社風の式場で神前の三々九度を交わしてみたり。

仏前式結婚は スティーブ・ジョブズ氏などと、もはや日本人ではない方が執り行って有名だったりします。

オマケに 本物の牧師様なの?斎主様は?

と感じた事はありませんか? 

 

はっきり言って宗教なんか、どうでも良いのだ。

 

新婦さんが したい事が第一優先!

着たい服から 選べば良い!

親の顔が立てば それで良い!

みたいな・・・

 

私の時も、ただ白無垢が着てみたいだけの神前結婚式。

誓いの言葉も 意味も 覚えていない。

お披露目会に興味はなく、友達さえ呼べればいいや的な、親の面目を保つための儀式だったような記憶がある。

結婚式に何の思い入れもなかったのだ!

 

そうは言っても 結婚式はお祝い事だから それは譲って何教だろうが、海に潜ろうが冬山でスキーをしようが、それはそれで趣旨があると思う。

しかし葬儀やお墓の場合は、日本でも必ず宗教が付きまとう。

 

思春期頃、私は母親に連れられて ある宗教へ参加したことがある。 

 

そのトラウマからか、私は本当に心の「よりどころ」として行う宗教観以外の、時代を反映させる様な、一人の宗教家に操られる様な、異教徒への報復はもちろん、金銭授受がある様な宗教に、とても嫌悪感を覚える。

 

勝手に好きにやってくれ!

私を巻き込むな!という感じ。

 

日本のお葬式とお墓

さて結婚式以降、間をすっ飛ばして申し訳ないが、チャペルで結婚式を挙げたにも拘わらず、その二人が亡くなる時は、どうして何も考えずに、葬式産業の一形態に法り、良く知りもしないお坊さんを呼んで、慣れ親しんでもいないお経をあげて、当たり前の様に、あの無機質な四角い石の下に収まる人が多いのだろう?

 

最近では柔らかい曲線でデザインされた墓石も目にするが、それでもその殆どが、無機質なグレーか黒っぽい花崗石で作られた、中央に石塔(棹石さおいし=墓石)が立てられ、その下を支えるように順次大きくなる石が敷かれ、前方に「水鉢」や「香炉」が置かれている あの形である。

 

骨壺は これらの石の下に先祖代々から続く「納骨室」があり、そこに骨の一部と共に納められる。この形式を「カロウト式」と言うらしいが、これは世界的には非常に特殊であるらしい。

 

「埋葬する」という言葉が一般的だとしたら、土葬は遺体ごと、火葬は骨ごとが基本。

「埋葬しない」のなら、魂の昇天(ポア)の儀式(葬式)後の亡骸は、ただの物体として、自然に帰すというような理念で行われる 鳥葬や水葬など。

 

日本では家族の誰かが亡くなる度に、そのツボを引っ張り出して、また新たな骨の一部を加える。場合によっては、誰がどの骨だか分からない。

本の表現をそのまま借りると「墓あばき」みたいな事が行われている。

こういう儀式や習慣が特殊であり、「埋葬」といえるのかどうか。

 

不思議に思わないのだろうか?

自分が亡くなって、その骨の隣の骨は?誰の?

ひいひいひいひいひいひい爺さんかも知れない。

 

海外のお墓

参考までに少し海外の例を記してみる。

アメリカ

アメリカでは土葬が一般的だそうだ。

歴史が浅い国だから、方法も歴史は薄い。

(火葬も 海軍などの海葬も認められており、散骨もある)

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キリスト教では「生れ変り」という「輪廻転生」の考え方がない。

(これは時に羨ましい。長い戒名など要らんから、私は私のまま 死にたい。

死後もしかり、生まれ変わる為に地獄で努力をしたくない。私は自分勝手なのである)

 

復活した時に身体が必要になるから、亡骸をそのまま埋葬する。ただしこれも、ユダヤ教カトリックプロテスタントか、色々違いがあるので詳細は省きます。

 

土葬の前に「エンバーミング」つまり死体防腐処理を行うのが一般的だそうだ。

その技術は 戦争の度に亡くなる兵士の遺体を、傷などの処理をして故郷へ送り返し、埋葬する目的で始まったそうだ。

今でも日本でアメリカの方が亡くなると、処理後に冷凍コンテナで送り返される。火葬の許可が出ても、本人と分からないからだそうだ。

隣国から、二度焼きされた遺骨が 送り帰された例があるので納得する。

 

日本の場合は遺族関係者が参列し、現地で火葬されて骨を持って帰るか、戦争時は遺骨すらなく「現地の石や砂」を渡される記録も残されている。

状況にもよるが、遺骨より霊魂を重視していた時代性があるのかもしれない。

実際に、亡骸を埋葬する場所と石塔(墓石)が別々で、遺族は石塔の方にだけお参りするという習慣があった時代もある。

 

余談だが、私は無宗教 無神論者ではあるが、偶像崇拝の様に、抽象的な対象物に具体的姿をもたせ、崇拝までいかないにせよ、お参りをしたり願い事を託すという事はよくある。お守りとか、位牌とか、お人形とか、そういった類のモノ。

亡くなった人の「思い出の品」が、「その人」になる気持ちも分かる。

 

アメリカに話を戻すと、墓地は広大な森林公園の中に作られ、兵士から優先的に良い場所を与えられる。

(画像はアーリントン国立墓地)

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地下に深い深い穴を掘り、亡くなった順番に 棺を重ねて埋葬される。

公有地と教会の持っている墓地があるだそうで、日本の様に町中の道路や住宅に隣接して、いきなり狭い墓地が点々とあるとか、田舎の我が家の様に 家の畑に家族墓地あるということはないらしい。

 

宗教によってキッチリと分ける。教会の墓地に、仏教イスラム教徒など入り込む余地はないそうで、いかにもアメリカ的に感じる。

一般的に墓標は十字架だが、長方形だったり写真や言葉を付けたりもする。

自殺者は石を置く。イタリア系は派手な装飾を付ける・・・など。

イスラム 

イスラム教でも土葬が中心で、火葬は禁止されている。エンバーミングは行わず、白い布を着せ、殉死者 戦死者は亡くなった時 そのままの服で土葬されるそうだ。

輪廻転性の考えはなく、善悪の行いと悔い改める事で、地獄か否か決まるそうだ。アラーの神がお許しになる。

日本の様に仏壇や神棚はなく、墓場で泣くことが禁止されている為、女性は墓場まで出席しない。

(画像はエルサレムの墓地)

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イギリス

イギリスが基本的に日本と違うのは、葬儀は非常にプライベートな事として認識され、死者を心から哀悼し 天に送る人しか参列しない という考え方が徹底しているという。

非常に羨ましい限りで、日本でよくある様に 生前関係していた人に出来る限り出席してもらい、仕事関係から同級生何年モノから、お隣ご近所町内組内 ママ友こども友 担任 教頭 市長に市議に町議に組長・・・

「そのスケールが大きいほど、参加人数が多いほど立派な葬式」といった評価はない。

 

七割が火葬で三割が土葬、火葬の場合は骨まで遺灰にする。基本的に自然に帰す思想のもと、棺も「段ボール」製の「大地に同化」しやすいものだ。

(日本では考えられない!一緒に燃やす棺に どのような意味があるのか)

土葬した場所には 樹木などを植える方法もある。

遺灰も畑やお花に撒いても良いというから、日本で流行りそうな樹木葬に似ている。

(画像はイギリス 地域は不明)

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フランス

フランスの葬儀は「福祉の一環」だそうで、式場や飾り付けから納棺まで 一定に統一されている。日本の葬儀業界が生前から営業をする様なあざとさはなく、圧倒的に廉価でこじんまりと行うそうだ。

お墓は都心部でも公園の様に管理され、どの人もスペースは平等(1M×2M)で、有名人も金持ちも みな同じらしい。

探せば「ショパンやモジリアニ」の墓も混ざっているとのこと。

 

ただし使用期間があり「6年から永代」まで、5コースで契約が分かれているそうだから、私なんぞは6年で十分である。

遺族も気楽に悲しんでくれそうだ。

 

その他 パリの有名な「カタコンベ」などの詳細は 割愛します。

(画像はフランス 地域は不明)

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まとめ

長々と日本のお墓から海外の例まで、これでも簡素に記してみた。

こういう事例を知れば知る程、日本のどうでもよい葬式産業に、バカ高いお墓の墓石や土地の購入に疑問を呈したい。

葬儀を執り行う方の中で、幾人が正確にその儀式の由来や意味を知っているのか?

亡くなる本人も どうにか成や~では、残される遺族が大変である。

 

ただ私は、足首から首の半周まで、全身六カ所を一度に手術をして、正しく「死ぬくらい痛い」思いをした経験から、人は痛いと「どうでもよくなる」と伝えたい。

つまり「この痛みさえ何とかしてくれたら、後はもうどうでもいい」と思うくらいに、痛みは人間性を奪う。やる気も根気も、思考能力も奪う。

 

だから、「死にそうになってから考える」では「考えられない」のだ!

今、健康で痛みのない時だからこそ、しっかり考えてみてはどうでしょうか。

 

人は必ず死ぬのだから!

考えていても 損はないと思いますよ。

 

(画像はポルトガルの墓地)

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という事で、今回の結末は それぞれの思いとして、読んで下さる方の心の中に、ほんのり浮かんだであろうと思います。

長々と失礼を致しました。

 

非常に冷夏が心配される様ですので

お風邪に気を付けて下さいね。

また 来週に

ありがとうございました。

(。・ω・)ノ゙♪ </p

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